建築家は新しい素材や技術の実験の場・自身の設計した建築の空間デザインの一環、そして建築家としてのアイデンティティを示す目的など、インテリアデザイナーが手がける椅子とは異なる目的で椅子をデザインしてきました。
建築家のデザインする椅子は、その建築家としてのこだわりや人間として信条や生き方が見えてきます。
今回は日本人建築家がデザインした椅子を、それぞれのテーマに分けて案内したいと思います。
・アート的観点で作られた椅子
・技術への挑戦
・設計した建築と調和
・日本の美意識を表現
・素材を試す実験として
1,アート的観点 - 磯崎 新
磯崎 新 - モンローチェア
Marilyn Chair - 1973
格調あるデザイン+象徴的なフォルム 男性的な面と女性的な面をあわせ持つ椅子
モンローチェアとは女優マリリン・モンローの身体の曲線をモデルに制作された椅子です。
側面の流れるようなデザインはマリリン・モンローのボディラインを参考に、身体の曲線の比率を割り出し、そのポーズを取った姿そのままに表現されました。
正面の直線的なデザインはマッキントッシュのヒルハウス・ラダーバックチェアをオマージュしデザインされた椅子です。
このように、モンローチェアはマッキントッシュのヒルハウス・ラダーバックチェアオマージュを用いて、当時女性的の象徴とされていたマリリンモンローをデザインとして落とし込むという、
オマージュとコラージュといった2つの建築的な手法とは異なる、芸術的な視点から制作されています。
オマージュ元の椅子 ヒルハウス・ラダーバックチェア
モンローチェアは元々、家具メーカー 天童木工のためにデザインされたもので、
銀行の会議室用で使われる予定だったため、格調あるデザインと象徴的なフォルムになりました。
現在は、フィラデルフィア美術館で常設展示されています。
磯崎新と芸術
磯崎新は現代美術に造詣が深く、自身もアート活動を行なっていました。
設計した建築の基本コンセプトを抽象化し、視覚化したドローイングやシルクスクリーン作品が代表と言えます。
このように建築だけではなく、アートに造詣が深い磯崎新だからこそ、アートの視点と建築の造形がうまくミックスした椅子となりました。
2, 技術への挑戦 - 安藤忠雄
安藤 忠雄 - ドリームチェア
TA001 - 2013
洗練されたジャパニーズ・デザインと北欧の名職人が出会って生まれた
2013年にデンマークの家具メーカーである「カール・ハンセン&サン」とコラボで制作されました。
ドリームチェアは1枚の合板を3D成形して作り上げるという成形合板技術の限界に挑戦した椅子です。
薄い合板を湾曲する・肘掛けとヘットレスの一体化・幅の広いスプリングボードのような脚など、このデザインに求める複雑なフォルムや大きさを達成するため、従来の成型合板技術の限界に挑戦する事になりました。カール・ハンセン&サンが持つ100年を超えて受け継がれる高度な職人技術と安藤忠雄の情熱によって、これを可能としました。
有機的でシンプルな形という日本の伝統的なデザインがモダンな形へと進化していて、彫刻作品のように美しい椅子です。
安藤忠雄とYチェア
安藤忠雄が設計事務所をスタートさせた際、自分たちが使う椅子として最初に購入したのが4脚のYチェアでした。
Yチェアの作者であるハンス・J・ウェグナーへのオマージュという意味合いも兼ねたプロジェクトは、クリエイションに対していっさいの妥協を許さない安藤忠雄と職人の互いの”誇り”を形にしたものと言えます。
Yチェア
安藤忠雄と職人
幼少期の職人たちのものづくりの現場を間近に見られる環境がありました。その体験が安藤忠雄の建築家を目指すきっかけとなります。その経験があるからこそ職人への敬意が、安藤の建築やデザインの根源にあります。
職人へのリスペクトがある安藤忠雄だからこそ、安藤忠雄の情熱と職人の技術がうまくミックスした椅子となりました。
3, 素材の実験 - 坂 茂 -
坂 茂 - カルタ コレクション
Carta Collection - 1996
有機的なフォルムと持続可能な素材を使用した椅子
カルタコレクションは坂茂のトレードマークである紙管を使い、スイスの会社Wb Formと制作されました。合板から切り出されたサイドフレームと紙管で作られたシートが特徴です。
環境との調和をコンセプトとしているカルタコレクションは、紙と木材の自然で生分解性の素材を使用すること・軽量かつ解体・組み立てが簡単にできることから輸送しやすいことなどの環境に優しい特徴を持っています。
紙管を建設的な要素として使用されていることから、防水性と耐久性といった強度もあります。
紙を建築材料であることを証明した 紙の家 paper house(1995)
坂茂と紙
坂茂のデザインの基本には問題解決があります。建築材料の持つサステナビリティーに問題意識をから、紙や木といった素材の可能性を探求し、環境に優しい「紙管」を開発しました。
環境問題への探究心がある坂茂だからこそ可能にした、新しい素材「紙」でできた椅子になります。
4, 建築との調和 - 隈 研吾
隈 研吾 - GCチェア
GC Chair - 2011
建築空間の一部と調和した椅子
日本の家具メーカーである「タイムアンドスタイル」と協力、隈研吾氏が設計した研究センターのプロジェクトのためにデザインされました。
GCプソロミュージアム・リサーチセンターに合わせて制作された椅子は、三次元の格子の構造を用いたこの建築の外からも内からも抜けがある空間に調和します。
この構造は飛騨の伝統玩具の千鳥格子から着想をえており、留め具と釘を一つも使用しない木の組み合わせでできています。
建築と調和
建築と椅子の構造パターンを統一することによって、空間全体の調和を生み出しています。
これは隈研吾の建築哲学でもある、周辺環境との調和・それを使う人と調和の取れた関係性の創造 が形となった椅子です。
5, 日本の美意識 - SANAA -
SANAA - ラビットチェア
Armless Chair - 2005
空間の余白を生み出す
SANAA ( Sejima and Nishizawa and Associates )とは、妹島和世と西沢立衛による建築家ユニットです。
ラビットチェアは、広島のマルニ木工が2005年にミラノサローネで発表したプロジェクト「ネクストマルニ」に含まれていた椅子です。
うさぎの耳のような形をした椅子で、金沢にある21世紀美術館に展示されているのが有名です。
21世紀美術館にはこの他にもSANAAがデザインした、ドロップチェアやフラワーチェアがあります。
21世紀美術館に並んでいるラビットチェア
日本文化と椅子
日本の美意識から生まれた椅子を作りたいというコンセプトから制作され、うさぎの形は切り絵をモチーフに平面的に表現されいています。
また左右非対称でわずかに歪んでいるのは、形式にとらわれずわざと崩すという日本伝統のやり方を踏襲しています。
このように建築家のデザインする椅子は、その建築家としてのこだわりや人間として信条や生き方が見えてきます。